YADO CAREER JOURNAL

【総支配人インタビュー Vol.2】アーバンホテル京都二条プレミアム総支配人林様 Part.1「人生編」

本日はアーバンホテル京都二条プレミアムの林支配人様にお時間頂き、

人生編、仕事編、将来編の三部構成で長時間お話を聞かせて頂きました。

これからホテル業に参入される方や、既に務めていらっしゃる方も含めためになるお話が盛り沢山の内容となっていますので、是非目を通されてみてください!

入社までの人生について

-それでは初めにプロフィールを教えてください。

1973年6月8日生まれは京都嵐山です。

5歳まで京都でそこから滋賀県の大津に引っ越しましたが、

19歳のときに就職してから京都に戻ってきました。

学生時代は小学2年から野球、小中高と野球漬けの人生を送ってきました。

野球一家で小学校の頃から父が野球のコーチという事で、全国大会へ出場するようなこともあり、スポーツ推薦で延暦寺学園比叡山高校に入学しました。

 

-人生で起こった一番大きなエピソードはありますか?

高校生の頃ですが、甲子園を目指して練習に明け暮れていた時の事です。

高校2年の秋に練習中に野球ボールが胸に当たり心停止になった事があります。

2分後に息を吹き返しましたが、心停止した影響からかその瞬間は耳しか聞こえないし何も見えない、しゃべれないような状況でした。

心臓が停止した事で不整脈のような動きになったことや、打球が当たって心停止したという事例が珍しく学会で発表されるような事態になりました。

その後3か月入院し、高校3年になる前に復帰、しかしながらその後は調子も振るわず、思うような結果が出せないまま引退となりました。

-それでは入社の経緯は中々時間がかかったのではないでしょうか?

今まで野球以外の人生経験が無かった為、会社に入社するまで2年間遊び続けるような日々を送っていました。

遊びにも飽き、そろそろ仕事をしなきゃと思っていたところでその頃スキーが得意だったのでインストラクターを目指して専門学校へ入学しました。しかしながら学校が楽しめず、将来が不安になったこともあり退学する事にしました。

退学後将来について考えている中、兄が就職活動をしていまして、何かオススメがないか聞いたところ、アーバンホテルがオープニングスタッフを募集している事を教えてもらい、新しい事が好きだったので面接を受ける事になりました。その頃はまだ何も知らなかったので、ポロシャツで行った事を覚えています。

 

-面接の印象や決め手だった出来事はありますか?

代表の面接だったのですが内容が面白かった事を覚えています。弊社の代表は学生時代トップを目指して勉強を頑張っていたという事でした。名のある様々な大学に受かっていたみたいですが、それでもトップの大学を目指していていたということでした。その後東京の大学に入学後、大手飲食メーカーに入社。新規事業を手掛けた後、アーバンホテルシステム株式会社を設立したという経緯があります。

そういった中で挫折を味わった事がある人生観が社長とマッチした感覚がありました。

「俺も頑張って叶わない事があったが、社会人になってからもトップを目指せるところもあるから、一緒に目指さないか」

と言われて入社を決めました。19歳当時、初めての就職活動、面接で凄い運命の巡りあわせを感じましたね。

入社後について

-長い期間仕事をされていなかったこともあり、仕事はじめは中々なれない事もあったかと思います。入社してからはどのようなお仕事をされていましたか?

今は入社して26年目で総支配人をやらせて頂いていますが、当時はオープニングスタッフとして研修を受け、フロントスタッフからスタートしました。仕事のきつさもなく、現場もすぐ受け入れられました。

フロントでは10年間勤務していました。当時はいい加減な人間で、社長によく怒られていましたが、良く反発して自由に仕事をしていました。未だに言いたいことを言っているかもしれませんね。笑

ただその時は今を楽しむことだけを考えていたので、将来の事は考えていなかったと思います。ホテル業や、経営であったり、どうやって稼いでどうやって私たちに給料が入るのかをよく理解していなかったんですね。

3年目になったころからどうすれば楽しくして給料がもらえるか社長に相談しました。それから稼働率を上げて売上を上げる為に営業をする事にしました。フロントの夜勤(ナイト勤務)上がりにそのまま営業に行くという事をしていました。旅行会社や一般企業に宿泊の営業をかけていましたが、しばらくして京都は寺が多い事もあり10年間お寺周りをして京都のお寺は全部回りました。みんながパンフレットを持って営業している事に疑問を持っていて、アーバンホテルにしかできない事としてお寺の特別拝観やのツアープランを旅行会社に持っていったりしていました。

-慣れない営業という事もあったでしょうが、つらかった事はありましたか?

営業をしながらつらかったことは特にありませんが、ただホテルがオープンしたばかりであまり認知されていませんでしたから、その時期がつらかったです。まずは京都のいろんなホテルに視察に行って仲間を作っていきましたね。

入社10年目からは支配人職としてホテルの運営管理を勉強するかたわら、営業も並行して行っていました。

現在の考え方について

-色々とご経験されてきたと思いますが、ホテルの仕事は本質的にどういう事だと思いますか?

ホテルの仕事は今お客さんが求めていることを考え抜いて実行することだと思います。

当然ですが日々お客様は変わっていきますしニーズも時代に合わせて変わっていきます。

当時は爆買いが流行りでしたが、今はまた変わってきましたよね。例えば欧米人は京都の文化が好きだ、という事だったり。そういったニーズに関しては、ホテルはお客さまが目の前にいるので直に感じますので、直接聞いたりする事が出来ます。

その為、お客様に合わせて色んな事を組み合わせていく事を求められています。

衣食住がホテルの中にはあるので、活かし方はいくらでもあると思います。

 

-お仕事もそうですが、人生で一番楽しい瞬間ってどういったところで感じますか?

楽しいという感覚は日々感じています。大きな目標というよりも小さな目標を重ねる事が楽しいですね。

目標ありきで人生設計をしているのは成功者だけです。成功者の考え方を自分に落とし込んでも目の前ってなにもなかったりすると思うんですよね。なので、私は目の前の家族の事や、目の前の生活の事を楽しんでいく事にしています。そういった小さい事を積み重ねる事が大きな目標になっていくんでしょうね。

今現在置かれていることをきっちりやって、それを日々重ねていけば大きな事になるっていう考え方がベースになると思います。

 

-そういった人生や考え方をされてきた中で自分を一言でいえばどう表現出来るでしょうか?

自分を一言でいえば意外と真面目で怖がりです。

こうなったらダメだからやるとか、そういう事で行動を起こす事が多いです。

過去に心停止して野球で挫折した事もそうですが、今やっている事が叶わない事もある事を知っているからだと思います。死の経験があるから、考え方が変わりますね。

自分がいつか死ぬことを想定して生きると毎日が楽しくなります。

それからは基本的にみんなで面白おかしく生きる事が人生観になりました。

-それだけお仕事に熱中されていてプライベートはあるのですか?

家庭的な意味でのプライベートはあまりありません。家に帰るのが遅いので朝ごはんだけ食べる毎日です。子どもは小学校6年生と中学校3年生で、朝はいつも話すようにしています。子どもが小さいときは子供の幼稚園や小学校のイベントに言ってたが今は行きませんね。子どももいち人間で私の所有物ではないので、サポートはするけど自分の事で連れまわすような事はしません。考え方によってはなにもしない親だと思われるかもしれません。

奥さんは子どものお世話をしてくれているかもしれませんが、自分もいつかより良くするために仕事を頑張っているので、自分が70歳とか80歳になった時でも、いつか分かってもらえたら嬉しいなと思っています。

仕事をしている時が一番楽しいですが家にいる時も楽しいですよ。

プライベートも仕事も分けない。全部ひっくるめて楽しいです。

毎日が仕事だし、遊び。

遊ぶ感覚があれば仕事にしても何にしても興味がある事なので、何でも上手くいきますし、大体大丈夫です。

自分が好きな事を真剣にやるという事を大事にしています。それだけで人生上手くいきます。

 

ありがとうございました。

では人生編の最後に林さんの印象や日常を他のスタッフの方からお伺いしました。

  • 「林さんの話した通りかもしれないが、かなりストイック。周りをかなり見ていて、先を見据えている。」
  • 「目力が強い」
  • 「裏表のない性格」
  • 「プライベートになると兄貴分になる。自分の楽しさに乗せてくる。みんなが楽しいことをしようとしてくる。」
  • 「社歴の長い社員は多いが、昔から林さんに呼ばれると楽しいので食事や遊びにはよく行っている。」
  • 「炎のような人」
  • 「お客さんにとって良い事をしようと良く言われる。」
  • 「人脈が深くて広い。周りのよその会社の人も含め、友達や知り合いが非常に多い。」

このように他のスタッフの方からも大変慕われている様子でした!

林様には引き続き仕事編についてお話を聞かせて頂きます。

仕事編はこちら

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